ガルサ(Garça)を散策 / ブラジル
ガルサ(Garça)滞在最終日に、ガルサの街の中を散策。
スタジアム(Estádio)は、今では使われてないようで、頑丈に錠が施されていました。
留学当時には、リーグシーズン中は毎週日曜日にスタジアムに足を運び、ガルサの選手たちのプレーに一喜一憂していました。
ラーゴ(lago)近くの植物園では、何種類かの動物も飼われていました。
ライオンも飼育されていて、ちょっとびっくり。
ガルサのラジオ局「セントロ・オエスチ(Centro Oeste)」
。
留学中に、何度となく足を運んだ郵便局(correio)。
歩道のタイルには、街のシンボルでもある白鷺が。
現代では珍しい馬車も。
留学当時にはなかった、ガルサのショッピングセンター。
セントロ(centro)付近にあるの日系人が経営するスーパー「TOYOTA」も未だ健在。
ガルサはブラジルの田舎町で、サンパウロで「ガルサに行きたいんですが?」っと聞いても知らない人もいるほど。そんな小さな街ではありますが、現地のほのぼのした雰囲気は当時のままでした。
ガルサを訪ねるために行った今回のブラジル旅行でしたが、時間の経過による記憶を辿れ、とてもよい旅行になりました。

ガルサ(Garça)にある、ラーゴ(lago)へ。
ラーゴはいわば池なのですが、暑いブラジルの夏の週末の夜には、暑さをしのぐため
多くの人が池のほとりに集まり、ビールやお酒を楽しみに集まります。道路も車が道を塞ぐほど。
池のほとりには、日系人移民が設置した日本のモミュメントも。春の時期には桜が咲くなど日本色の強い土地でもあります。
街の象徴でもある白鷺が、水辺で一休み。
ガルサに滞在していた当時は、サッカーの練習で明け暮れた日々をブラジルでは送っていましたが、週末になると皆でラーゴへでかけ、騒ぎ、暑さを忘れ楽しんでいたのを思い出していました。時間が経ち、現地の見え方も当時とはだいぶ変わったように感じなりました。
以前滞在し、サッカーをしていた「ガルサ・フットボールクラブ」練習グランドへ。
























ガルサ(Garça)には、以前8ヶ月ほど滞在したことがありましたが、その後帰国して以来13年ぶりに訪れました。
ガルサは、サンパウロから500kmほど離れたなかなかの田舎町。街の中心部(cidade)も、1日ほどで回れてしまうほどの街の大きさ。高いビルなどなく、マンションがひらほらあるほど。
昼食にてブラジルの国民食、
教会前の広場では人々が思い思いに過ごしていました。
当時通っていたアイスクリーム屋が肉屋になっていたり、レストランの外装が豪華に変わっていたりと、13年も経っているので細かな点で変化はありましたが、街の雰囲気は当時のまま。相変わらずのゆっくりとした空気が流れるほのぼの雰囲気の街でした。
早朝に地下鉄を乗り継ぎ、長距離バスターミナルへ。
サンパウロ市内に地下鉄は、日本円にして130円で乗り放題。複雑に入り組んだ市内バスより、比較的早く容易に移動できます。
サンパウロ市内には4つの長距離バスターミナルがあるんですが、その内の1つのバッハフンダ(Barra Funda)より、前日に購入しておいたチケットを握りしめ、ガルサ(Garça)へバスで移動です。
途中休憩をはさみながら、大草原の中を5時間のバス移動。
そして、ガルサに遂に到着です。
リベルダージ地区内にある
館内には日系人向けの図書館が併設されていました。扱っている書籍は、近年の小説や、ファッション系などの雑誌、日本のドラマが録画されているビデオなど、2009年内に放送・出版されたものも多く扱っていました。
中でも、興味を引いたのは、ブラジル生まれの日系人向けのイラスト入りの日本語教材。パラパラめくり、何気なく写真を撮ったのですが、改めて見ると生活感溢れる単語を掲載しているページが撮影されていました。
サンパウロのセ広場に隣接する
リベルダージ地区は、ブラジルへ移民した日本人により形成されたサンパウロ内の日本人街。世界最大規模の日本人街でもあるようです。街灯もリバルダージ地区仕様によるちょうちんをモチーフにしたものが利用されていました。
日本ではおなじみの鳥居もリベルダージ地区内に設置され、現地の日本人移民たちによる郷愁の想いにより建設されたそうです。
歩道のタイルも日本の「紋」をモチーフにしたデザインに。
どことなく中国人にも見える日本人仕様のグラフィティー。
リベルダージ地区内には日本語での看板を掲げた多くのお店が点在。お寿司屋さんやラーメン屋さんもあるほど。どこか懐かしい雰囲気のある理容室も。
日系人の方が密集し形成されているリベルダージ地域。あるお店に入った際に日系人の方に日本語で話しかけられ、地球の裏側で日本語で会話するのは、なんだか不思議な気分になりました。
ただ現地の人たちはブラジルにすっかり定着している様子。日系人同士の会話でポルトガル語で話している人たちも多く見かけました。ブラジルと日本の関わりを強く感じられる地域でした。
入り口付近に設置されたレリーフはとても繊細で優雅な作りに。このカテドラル・メトロポリターナは40年の歳月を掛け建設されたそうですが、長い歳月をかけ創造されたのが見受けられました。
ブラジルはキリスト教の振興が盛んな国。国内各所にカトリック・プロテスタントの教会が国内各所に設けられていおり、訪れた当日も平日の昼間ではありましたが、多くの人たちが礼拝に訪れていました。会内での撮影も、関係者の方に撮影の可否を確認し、撮影。
会内にあったステンドグラスはとても美しく、目の前にして立ち止まるほど。元々ステンドグラスは、文字の理解できない人たちに向け、神の教えを解くために、作られたもの。グラフィックデザインの起源でもあると、どこかで聞いたことがあります。
サンパウロ市街の中心地である、セ広場(Praça de Sé)へ。






先日、念願叶ってブラジルへ行ってきました。
ブラジルへの日本からの直通便はなく、アメリカ・ダラスにてサンパウロ行きへ乗り換え。成田〜ダラス、ダラス〜サンパウロともに約10時間ほど。成田〜ダラス間では、前に座席のない席(CAさんの座席の前の席)によりなかなか寝付けず、ちょっと辛い出だしとなりました。




今日からシルバーウィークっと、ゴールデンウィーク以外でのここまでの大型連休は、ここ何年か全然ありませんでしたが、そんなシルバーウィークの最中にぼく、ブラジル行ってきます。
